【自分のやりたいことがわからない人へ】人生低迷期の私が田舎フリーランス養成講座に行って、人とはちょっと違う答えを持って帰った話(前編)

山田ハナ(@YamaHana73)です。

2018年6月、山梨県・都留市でwebのことを学ぶ田舎フリーランス養成講座(通称:いなフリ)にフリーターながら10万以上のお金をつぎ込んで参加してきました。

好きなことで生きていきたいと思いながら特に何のスキルも才能もなく、
結局何がしたいのかわからず人生ブレブレ状態。

これまで自己啓発やビジネスセミナーに散々行くも、結局何も見つからなかった私でしたが
1ヶ月の間にびっくりすほど濃い時間を過ごし、たくさんの発見をしましました。

せっかくので、その記憶がまだ新しいうちにブログにその事をしたためておこうと思います。

「稼ぐ」ということを二の次にした私の、他とはちょっと違ういなフリ体験記をご紹介します。

具体的には、

  • これまでの低迷歴史
  • 田舎フリーランス養成講座を参加するまでの経緯
  • とは言っても実際いくら稼いだのか
  • 人生ブレブレの私がこの1ヶ月で手にしたものとは(長くなったのでここは後編で)

の順番に説明していきます!

田舎フリーランス養成講座:これまでの低迷歴史

本題に移る前に、私がどういう人間なのか簡単な説明から…

毎朝会社のトイレで動悸を抑えるOL時代:5年半耐える

私立の4大を卒業し、新卒で入社したのは大手損保会社の営業部門。

同僚には恵まれていましたが、

  • 損害保険(自動車保険、火災保険、傷害保険、賠償保険等)という業界がら仕事内容がシビアだったこと
  • やってもやっても捌ききれないほどの業務量だったこと

などがあり、常にプレッシャーに押しつぶされそうでした。
鳴り止まない電話・怒涛のように押し寄せる業務・クレーム処理・矛盾を抱えた会社の体制。
毎朝仕事が始まる前は動悸が止まらなくなり、トイレでなんとか気持ちを落ち着けてから仕事を始める毎日でした。

人生再スタート!と意気揚々に挑んだワーホリ:結果惨敗。

そんなロボットのように働いた会社員生活も5年半で限界を迎えます。

なんでこんな苦しい気持ちで毎日過ごしているんだろう。。
自分らしく生きることって不可能なのかな。。

そんなことを強烈に考えるようになりました。

そこで、一度きりの人生やりたい事をやっていこうと決心し、学生時代から興味のあった
留学(ワーキングホリデー※)」に挑戦することにしました。

ただ、会社を辞めるにあたっては相当悩みましたし、なんのスキルも実力もない私が大企業から離れてしまったらどうなるんだろうと不安でした。

しかし、これ以上死んだように生きているのは嫌だ!と思い決断しました。

  • 家族の説得
  • 仕事の調整
  • ワーキングホリデーの準備

など、辞めるまで1年かかりましたが、辛かった会社員生活を終えることができてほっとしました。

「さぁやっとこれから新たな人生が始まる!再スタートだ!」と期待にを膨らませて海外へ渡りました。

意気揚々と出発したワーホリでしたが、この時はまだそれが大失敗に終わるなんて思いもしませんでした。(この話はまた詳しく記事にしたいと思います。)

※ワーキングホリデー:「18~30歳・期限1年・1カ国に付き1回まで」でカナダやオーストラリアなどに滞在できるビザ。
語学留学は現地で働けないがワーキングホリデーのビザでは就労が許可されている。旅行三昧でも、語学学校に通っても、バイト三昧でも1年間どう過ごすかは個人の自由でかなり自由度の高いビザ。留学前に多額の費用を用意しなくても、現地で働きながら生活費をまかなえる分、留学よりもハードルが低く海外に長期滞在することができる。

疲弊して帰国:自分探しに迷走する日々。

結果として1年海外で生活をしたわけですが、紆余曲折あり苦い思い出となりました。
2016年11月16日、カナダのケベックから成田空港に降り立って「やっと終わったんだ」と安堵の気持ちでいっぱいになりました。でもそれと同時になんだかぽっかりとせつない気持ちになったのは今でもよく覚えています。

実家に戻りましたがすぐに就職する気にはなれず、しばらくはゆっくりしながら今後のことを考えることにしました。

最初の1ヶ月は、

  • 日本語での何不自由ないコミュニケーション
  • 家族や友人の元に帰ってこれた安心感
  • バイトの気楽さ

などに、日本って最高〜!!と幸せを感じていましたが、すぐに将来に対してフツフツと不安を抱くようになりました。

海外で何も掴めなかったことを情けなく思いながらも、会社員のような働き方はしたくない!

と色々もがきはじめました。

そこからはひたすら終わりのない自分探しに明け暮れました。

  • 有名作家が主催するビジネスセミナーに1年間東京まで通ってみたり
  • 自分の好きな歌うことで仕事ができないか試してみたり
  • 勉強会やお茶会に行きまくって色んな人に相談してみたり
  • 成功者のトークショーに行ったり
  • ヒーリングやカウンセリングを受けてみたり
  • 超スパルタの自己啓発合宿に行ってみたり

実家に戻って親のすねをかじっていたので、すぐに生活に困ることはありませんでした。
しかし、そんな状況が余計に
「このままじゃやばい。どうにかして好きなことを見つけて仕事にしなくちゃ」
と焦っていました。

その迷走っぷりたるや中々のものだったと思います。

田舎フリーランス養成講座の参加を決める

田舎フリーランス養成講座の参加を決めたのも、そんな状況を少しでも改善するためです。
もともと自己表現するのが好きだったのでブログとかパソコン1台で稼げるようになったらいいな〜と思いまして。
田舎フリーランス養成講座の存在自体はずっと読んでる「ふじさわブログ」のふじさわさんが
以前講師を務めていたことで知っていたので思い切って挑戦してみることにしました。

参加して確かめたかったこと

  1. ブロガー、ライター、その他どんなお仕事がフリーランスでできるのか
  2. webフリーランスの内容を知って、そのうえでもやりたいと思う仕事かどうか
  3. 自分が生きてくうえでの選択肢の一つになるのか
  4. フリーランスで自活できるのか

などが参加する前はこのようなことを疑問に思っていました。

とにかくwebフリーランスで何が何でもすぐ稼ぎたい!というよりは、

「webフリーランスのいずれかのお仕事で自分に合うものがあるか試してみたい」

という気持ちの方が強かったです。

webに関しては恥ずかしいくらいの素人

参加する前はどれくらいwebに関して知識があったのかというと、本当に初心者でwordとexcel以外何もできませんという感じでした。
まぁ行ったらどうにかなると勢いで参加しましたが、普通に安易だったと思います(笑)

他の参加者は

  • 以前からブログで収益あげてたり、
  • 独学でプログラミング勉強してたり、
  • IT業界で働いたことがあったり、

など、けっこうみんな土台があって「あ、私やばいかも」と序盤で気づきました。えへへ。

Twitterもほとんどやったことなくて、講師の人から

引用リツイートって知ってる?

と聞かれ、
「……。引用について????」
と聞き返し、みんなの前で大爆笑をかっさらいました。

大半の受講生や講師陣は私より年下だったけど、底辺レベルでスタートしたたため
恥ずかしくてもわからないことはちゃんと意思表示すること」を心がけました。

そうするとみんな優しくしてくれるし、講師の方もとても丁寧に教えてくれました。

ちなみに40代で参加されてた方もいたのだけど、元音楽クリエイターで有名アーティストとお仕事されたりとか100年続く老舗の経営者とかものすっごい経歴の持ち主なのに、誰よりも低姿勢に学ばれてて。そんな方の謙虚な姿勢も学ばせてもらって、年齢関係なく素直な気持ちで受講できました。(あ、ちなみにそのトム社長はこんなお方

田舎フリーランス養成講座:とは言いつつ実際はいくら稼いだの?

稼いだ額

実際この1ヶ月で私が稼いだ金額は、

3万5千円

内訳は、
ライティング受注7件(内継続4件、単発2件、辞退1件)

ぶっちゃけweb初心者のくせにもう少し稼げると勘違いしてました。お恥ずかしい。

参加した途端1円も稼げないかも、と不安になる

私の所感としては、

《参加する前》

がむしゃらにやって10万くらい稼ぎたいな(参加費ペイしたいな)

《開始直後》

え、私このまま行って稼げるのか…(0円フィニッシュありうる)

《1ヶ月終了後》

初心者にしては頑張った!

という感じです。

前半の2週間は具体的な数字を意識して取り組んでたのですが、

  • わりとライティング案件は取るのが苦ではない
  • 数字の目標を設定すると逆にやる気がなくなるタイプ
  • 力を入れたいのはライティングではなくブログ

などがわかってきたので、途中から「稼ぐ」ということよりも、
「あと半月どういう風に過ごしたら今後の自分にとってより良いか」ということを念頭に置いて活動しました。

田舎フリーランス養成講座:人生ブレブレの私がこの1ヶ月で手にしたものは(後編で!)

散々自己分析やセミナーに行って散財してもイマイチわからなかった自分のこと。

それがどうして田舎フリーランス養成講座で見えてきたのか、後編でご紹介していきますね!

ABOUTこの記事をかいた人

山田ハナ

山田ハナ/複業ライター 1987年、奈良県出身。大手損害保険会社に勤めたのち退社。小心者なのにワーキングホリデーを始め、アジア、ヨーロッパ、アメリカなど15カ国を周遊する。より自由な働き方を求めて、現在は複業しながらライター生活を送っています。